無季
南北にのびる飛行機雲一条 夕焼けに吹かれ西へと流る
いつか見た薄明の夢 夜想曲(ノクターン)
三日月に顔あるやうに見ゆる夜
突然に「異動します」と告げられて小さな挨拶交わすしかなく
夕焼けを背負いて列(なら)ぶ軽トラのサイドミラーをよぎる鳥影
心ゆる ふたとせ語らぬひとの見え
さりながら異国の文字の美しき
手妻師(てづまし)の妻の胡弓の妙なれば闘蟋師(とうしつし)らは無聊託(かこ)ちて
泣くときは誰かに見せつけるような泣き方するのね、たまらないわね
大雨で山より流るる砂利・泥・礫(れき) 塩バニラって喉が渇くね
日曜日 野宿ついでに鐘鳴らす
土曜日はダリの模写する偽絵描き
無人駅 衣擦れ聞こえる金曜日
蜂飼いの刺青目にした木曜日
水曜日 先祖返りのエラ呼吸
縮みゆく巨人と会食 火曜日に
月曜日 義理堅い狸 破門され
真夜中に埃の積もる壜を撫づ 高野山に降る雨は冷たし
葡萄酒のヴィンテージのみ旧(ふ)りてゆく 箱に収まる酒器はあらたし
写真の花も今はもう枯れている
伯剌西爾より英雄たちが帰りゆく 誇りを胸に「豊かな海岸」
フェンネルの香りが記憶を呼び起こす リカールの味 ペルノの匂い
名を呼べば喃語でいらへて駆け寄れり わが魂のやさしさの形(なり)
「おれたちはみな悲しみを抱いてる」、その「おれたち」にわたしはいない
今日はコスタリカ人がいい
道に落ちている軍手のかたわれを思う
ときおり陰暦をたしかめる
今日だけコートジボワール人でいい