夏
早熟の子らの掌にある水泳帽
川遊び 西班牙帰りの者も居り
ボサノヴァでうつつに舫(もや)はる処暑の昼
百日紅 花火のごとく花飛ばし
これまでをよく生きてきたな蝦蟇(がまがえる)
雲の峰 まだ歌えるかわが校歌
青虫に喰ひ囓られし小松菜の葉肉の跡にフィヨルドを見ゆ
蚊遣りの香 眠りに泥(なづ)む身の底に
シエスタが破らる物憂き午後二時半 ガス交換手はボンベ引き摺り
束の間の静寂(しじま)のあとのすずろごと
田には風 飆(ひょう)と緑の波立たす
溽暑なり 庭に戯(じゃ)れつく二羽の蝶
昼寝多き懈怠(けたい)の夏よ 万事愛(は)し
拗ね者の鷺の叫びの喧しき
食卓は平生(つね)と変はらず土用丑
「カナカナ」を雑音とする人もあり
約束を違ふ年寄り大暑なり
「茴香(ウイキョウ)のことなど知らぬ」そう言ってあなたは逃げる小隠れ横丁
こんな日はぼくらおばけになりたいね ヤマツバメの輪を眺めるおばけ
悪縁といふ縁(えにし)もあり土用太郎
そのひぐらしのうたくちずさむゆうぐれ
暑さ奔(はし)る 「初鳴き」の声も上擦れり
草刈られ匂ひ漂ふ夕べかな 藍のズボンは未だ色落ちせり
土用近し 近所の子らの太鼓鳴る
身震はせ電線に宿る燕らに笠をやりたし颱風前線
似非百姓の話終わらず汗鹹(から)し
七夕や 蜘蛛の巣のある道を避け
猫騒ぎ そろそろトマトに色が来る
けふあたり熊蝉出づるか 鳶旋回(まわ)る
塀越しに無精の水撒き 半夏生