短歌
充血せる眼玉が我を睨みをり ゴミ受けの中のアボカドの種子(たね)
いもしない小島さんだけど<コトリ>って呼んでもいいなら仲良くなれそう
名も知らぬ眇たる虫の圧死せる『現代秀歌』百二十九頁
薄暗き玄関で脱ぐフリースにハンガー触れて火花が散りぬ
長篇の警察小説読み継ぎて ぬばたまの夜にも雪は降りつつ
依水園 人疎らなるショウケースの青磁象嵌菊花紋盒子(せいじぞうがんきっかもんごうす)
宿坊の註文請けて霜月の身薄き大根二百本も引き
ポケットの奥より出でし濡れたメモ 流線型の冬は疾走れり
鮫肌の二の腕の裏を捻じりもて鏡に映すわれも老いたり
ブランコのそばにサンダルひとつあり 夕焼けのごとき朝焼けである
南北にのびる飛行機雲一条 夕焼けに吹かれ西へと流る
「団栗」とかけて「因果」と解きましょう 心はどちらも樹(気)に生(な)りますね
秋雨に身を縮めたる白菜の青き外葉に白き火燃えけむ
受付で「日本人か」と尋ねられ「たぶん、わたしは日本人です」
ドゥカティのライダースーツを着たきみは『ソラリス』なんて知らないと言う
柿の種を寝間着につけし老人は今年癌腫をふたつ殺せり
木っ端微塵になって消えたくなることもあるよ若いし人間なんだし
友だちがいないからって憐れむな 排水溝に流れてった恋
言いそびれ帰りそびれた放課後の消火器のボンベ触って「冷たい」
へえ、キミも高校ンとき文学部? 島村抱月貸してよ今度
縁台の「へんこ」同士の千日手 警邏途中の巡査も見てる
幾度(いくたび)の台風のせいで破れてる土のう袋の「のう」が書けない
以前より筋金入りの人見知り ふたりでコーヒー飲んだりとか無理
真夜中に練習抜け出し口笛す 半オクターヴずれても満月
匂い立つすりぬかをくれし父と子はよく似てともに言(こと)少ななり
三遊亭円丈に似るおっさんの毎朝乗りたるバイク五月蠅し
突然に「異動します」と告げられて小さな挨拶交わすしかなく
夕焼けを背負いて列(なら)ぶ軽トラのサイドミラーをよぎる鳥影
月のもと実家に帰るというきみと線香花火さよならの代わり
陽や風に恵まれざりしコスモスに少し優しい雨降ればいい